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「・・・あら、私を忘れてしまったの?水銀燈」 「メグ?メグなの?」 後ろから抱きしめられる水銀燈の耳に、あの頃の無邪気なメグの優しい声 が聞こえる。 メグが居なくなった悲しみと会いたいと思う強い想いが見せた幻なのか、 水銀燈が振り向くと、そこにはニコリと微笑むメグの姿があった。 思わずあふれ出す涙と共にメグに抱きつく水銀燈。 「ねぇ、本当にメグなのぉ?」 涙で瞳が赤くなった水銀燈を優しく抱きとめるメグ。 「・・・ゴメンね、水銀燈。私、約束守れなかったね、ゴメンね」 「もう約束なんてェ、もう約束なんていいから・・・」 しばらくメグを感じながら水銀燈は声を上げていた。 そんな水銀燈をメグは優しく抱きしめる。 「・・・ねぇ、水銀燈。もう泣かないで、そんなに悲しまないで」 「メグぅ、メグは悲しくないのぉ? 寂しくないのぉ?」 「・・・うん、ちょっと、悲しいかな。でも、寂しくはないよ」 「どうしてぇ、どうして寂しくないのぉ?」 水銀燈の頬を流れ落ちる涙の筋をメグは優しく指でなぞるように拭く。 そしてニコリと笑いかけるように微笑む。 「・・・だって私にはオディール達や薔薇乙女、そして水銀燈・・・ 貴女の想いがいつまでも残っているから、寂しくないわ」 「でも、でも、死んじゃったら何も残らないじゃないぃ?」 「・・・ううん、それは違うわ、私は色んな素敵なものを残し てきたわよ、楽しかった思い出や・・・それに」 メグはそう言いかけると瞳を閉じ、両手を胸の上で合わせて微笑む。 水銀燈はその優しい顔をしたメグを見つめる。 「・・・この世に、ずっと残る素敵なものを残しているわ」 「何ぃ?」 「・・・音楽よ、いつまでも消えないメロディーを残してきた つもりよ・・・それは、私が生きてきた証し・・・」 「生きてきた証しィ?」 水銀燈の言葉にメグはコクッとうなずく。 そして、胸で合わせていた両手をほどき、水銀燈の腕を取る。 「・・・そう、生きてきた証し。私は消えても音楽は残るわ」 「でも、メグは消えちゃうんでしょ? そんなのイヤよ! メグがいない私はどうなるのよォ」 その言葉にメグは少し悲しい表情になる、だが直ぐにあの頃 の無邪気な笑顔になり、その笑顔をゆっくりと机の上にある 写真に向ける。 「・・・私が消えても水銀燈にはみんながいるわ、ほら、見て」 優しい時間に包まれた一瞬を焼き付けた写真。 永遠の別れなど知らない幸せな笑顔が並ぶ、あの頃の薔薇乙女と ラプラス。 「・・・ねぇ、水銀燈、真っ暗で前が見えない闇の中を歩く時、 必要なのはライトの光でも、月明かりでもないのよ、それは 一緒に歩いてくれる友達や仲間の足音が一番、心強く感じるのよ、 あの時、水銀燈が私を想ってくれたように・・・」 その言葉を言い終わったメグの顔には笑顔に混じって涙が見えている。 溢れだす涙の瞳を水銀燈に近づける。 「・・・今までありがとう、水銀燈・・・もう私、逝かなくっちゃ」 「メ、メグぅ・・・」 「・・・さようなら、水銀燈」 メグはそっと水銀燈の唇に優しいキスをする。 瞳を閉じる水銀燈にはメグの優しさ、そして強さが痛い ほど感じられた。 そして、カーテンの隙間から淡い光が漏れ出し、夜明けを知らせる 薄紫色の空が東から広がり出す。 「メグぅ、待ってよぉ、メグぅぅぅ!!」 「・・・さようなら・・・ありがとう、水銀燈・・・」 「メグぅぅぅぅう!!」 水銀燈の涙混じりの声とカーテンの隙間から入る光の粒子に溶けて 混じるようにメグの姿は薄らいでいく。 「・・・泣かないで、思い出の中にいつまでも私はいるから・・・」 水銀燈の耳に、いや、心の中に聞こえるメグの声は優しく、 柔らかく響き、そして消えていった。 * どれほど眠ったのか、水銀燈は明るくなった部屋で目を覚ます。 涙で腫らした瞳で部屋の中を見渡してみるが、そこにはもう メグは感じられなかった。 「メグぅ・・・」 また涙が溢れそうになる水銀燈。 だが、最後に言ったメグの言葉を思い出し、小さく笑う水銀燈。 「フフフ、そうね、メグはここに居るわねぇ、もう泣かないわァ~ 約束するわ・・・それに、私には最高の仲間もいるからァ」 水銀燈は閉め切ったカーテンを開ける。 いつの間にか雪雲はなくなり、まぶしい太陽の光が街を照らしていた。 メグの地元に降った雪は今年一番の量に達していた。 そのために交通機関がマヒし、葬儀に出席していた真紅達は 大幅に遅れた新幹線に乗り、東京に着いていた。 「水銀燈は、まだ部屋に篭もってるですかぁ?」 「水銀燈、まだ泣いてるの~? カワイソウなの~」 メグの死を知った水銀燈は部屋に入り大声で泣いていた。 葬儀に出発するさいの呼びかけにも答えず、聞こえてくるのは 今まで聞いた事のない水銀燈の涙と嗚咽だけであった。 真紅達は水銀燈にかける言葉を無くし、そのままメグの地元に 出発していたのであった。 「私達もメグを亡くして辛いけど、一番悲しい思いをしてる のは水銀燈よ。今はそっとしておくのだわ」 「そうだね、そっとしておこう」 真紅は静かにマンションのドアを開ける、すると 静まり返っていると思われていた部屋から途切れ途切れに メロディーが流れてくる。 「あらぁ~真紅ぅ、遅かったわねぇ~」 「す、水銀燈?」 そこにはギターを持ち、新しい曲作りをする水銀燈の姿があった。 唖然とする真紅達に水銀燈は笑顔を見せる。 「これ、新しい曲よぉ、今できたわぁ、聴いてみる?」 「水銀燈・・・大丈夫かしら?」 金糸雀はやや上目使いで水銀燈を見る。 翠星石も薔薇水晶も同じような顔をしている。 「何よぉ~?」 「あ、の・・・メグのことはもう大丈夫ですかぁ?」 「フフフ、いつまでもクヨクヨしてたらァ、悲しむのは メグのほうよぉ~。それにぃ、薔薇乙女はアジアツアー までに、アルバム出すんでしょ~? ねぇ真紅ぅ」 「えっ、そ、そうね、水銀燈の言うとおりだわ。ここで私達が 沈んでたらメグも心配するわ」 「さ、さぁ、カナ達も曲作りかしらッ、期限はそこに迫ってるかしら~」 水銀燈の笑顔から、いつもの薔薇乙女が持つエネルギッシュな 空気が流れ始めた。 (フフフ、ねぇ、メグぅ。これでイイんだよねぇ・・・ねぇ、メグぅ) 太陽の熱で溶け出した雪は、ゆっくりと、そして静かに地面へと 染み込んでいく。 その雪解け水は、来る季節に咲き誇る薔薇の種へと 注ぎ込まれていった。 (16)へ戻る/長編SS保管庫へ/(18)へ続く
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男子A「……」 男子Aは、ただ廊下を歩いていた。その顔には、無表情が張り付き何か疲れた感じが見られた。 こんなにも良い天気なのに、こんなにも賑やかな学校なのに、男子Aの体調が優れないわけでもない。 ただ、問題だったのは男子Aの心だった。 毎日が、詰まらないと感じ。毎日学校に来ることが苦痛で、何で俺は此処に居るのか。 男子Aは、そんな事を思い考えていた。 全てが、色あせて……そう、灰色に見える。 男子A「はぁ……」 男子Aは、ため息をついた。今日で七回目のため息。 水銀燈「なぁに、ため息なんてついちゃってるのよぅ」 男子A「うわぁ?!」 いきなり後ろから掛けられた声に、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる男子A。 恐る恐る後ろを見れば、自分の教室の副担任である水銀燈が居た。 男子A「……別に」 水銀燈「ふぅん。まぁ、別に問題なかったらいいんだけどねぇ……アナタ、毎日が詰まらないって顔してるわよぅ?」 え? と、水銀燈の言葉に顔には出さないが、男子Aは何でわかったのだろうか? と思った。 水銀燈「ほら、今なんでわかった? って思ってるでしょ?」 男子A「……何か用ですか? 水銀燈先生」 男子Aは、水銀燈の言葉に何も答えずに、事務的にそう尋ねた。 水銀燈は、べつにぃ~。ただ、目についただけよぅ。と言って笑った。 水銀燈「で? アナタは、殻に閉じこもってるつもりぃ?」 いきなり何を言っているんだろうか? この人は……男子Aはそう思う。 水銀燈「まぁ、大方毎日が灰色。詰まらない毎日。そう、なんて暇で無駄な人生だろうとかぁ思ってない?」 図星だった。 水銀燈「刺激がほしいけど、自分から歩いていかない。殻に閉じこもってるとおなじじゃなぁい」 男子A「………」 無言で水銀燈を見る男子A。水銀燈は、苦笑した後にジュンの名前を出した。 水銀燈「あのコも、アナタとは方向が違うけど殻に閉じこもってたのよぅ?」 男子Aは、一時期ジュンが登校拒否をしていた事を思い出す。 水銀燈「まぁ、あのコの場合は不安が積もりすぎて恐怖になって心をしばってたんだけどねぇ」 男子A「それが、俺になんの関係があるんです」 いらついていた。男子Aはなんでこの人は、俺にこんな話をするのか……わからない。 水銀燈「あのコもアナタもそう。まるで昔の私を見ているみたいでむかつくのよぅ」 男子A「なんすかそれ………」 水銀燈「私はねぇ、私の昔みたいなヤツを増やしたくないのよぅ」 少しばかり悲しそうに笑う水銀燈。 水銀燈「だって、アナタが求める刺激もただ一歩。そう一歩踏み出せばあるのよぅ?」 何がいいたいんだこの人は、いらつく。 水銀燈「何か、聞きたい事あるぅ?」 男子A「別に……なんも」 何も聞きたい事なんてない、俺を一人にさせてくれ。男子Aはそう思った。 水銀燈「あら、そう……なら、最後に言っておくわぁ」 男子A「なんすか……」 水銀燈「なにか話したくなったら……なにか悩んで苦しかったら私に話しなさい」 水銀燈は、真剣な面持ちで男子Aにそう言った。 水銀燈「それだけよぅ」 また、悲しそうに笑みを浮かべる水銀燈。 そして、男子Aの前から去っていった。 一人残された男子Aは、いらつきと共に何か別のナニカを感じていた。 それから数日後。 男子A「水銀燈先生。ちょっといいっすか?」 職員室で、ヤクルトを飲んでいた水銀燈に声を掛ける男子A。 その顔には、どこか決意した表情が見て取れた。 水銀燈「いいわよぅ」 嫌な顔せず、逆に笑顔を浮かべて水銀燈はそう答えた。 その後も、ちょくちょく男子Aが職員室で、水銀燈に声を掛けている姿見られた。 そんな一人の男子生徒の事情。
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カチカチと音を立てて針が時を刻む。 真紅「そろそろなのだわ。」 若干日が傾き始めた午後4時。 ティータイムというには少し遅いが、真紅は席を立つと紅茶を用意しに台所へと向かった。 湯を沸かしている間に、テレビとビデオデッキの電源を入れてチャンネルを合わせる。 準備は整った。茶葉に湯を注いで待つ。 数分も経たないうちに、黒い影が庭に降り立った。水銀燈だ。 真紅「何か用?」 水銀燈「今日こそ白黒つけてやるわぁ、真紅!」 真紅「生憎だけれど、私は忙しいのだわ。これからくんくんが始まるもの。」 水銀燈「そっ、そうなのぉ?それならまぁ…しょうがないわね。」 水銀燈が視線を漂わせる。真紅は笑みを零した。 真紅「仕方ないのだわ。上がっていきなさい。ちょうど紅茶を淹れすぎたことだし。」 真紅には水銀燈の目的が最初から戦闘では無い事など分かりきっていた。 水銀燈は毎週この時間になるとやって来て、くんくんを見て帰って行くのだ。 水銀燈「それなら…お邪魔するわぁ。」 素っ気無く装ってはいるが、輝く瞳が全てを物語っていた。 二人で並んでソファーに座る。既にティーカップは二つ用意されていた。 くんくんが始まると真紅は画面を注視し、一言も言葉を発さなくなったので、 水銀燈はさりげなく真紅の方へ視線を向けた。 幼さが残りながらも整った顔。 横から見るとくっきりとした目鼻立ちがよく分かった。 思わず我を忘れて見入ってしまう。 真紅はくんくんに熱中していてこちらには気付いていないようだ。 水銀燈もくんくんには目が無いが、それでも今は真紅を見ていたかった。 それほどに真紅は水銀燈にとって魅力的だった。 そうしてただただ見惚れていると、一瞬真紅がこちらを見たような気がした。 水銀燈は慌てて膝の上で握り締めた両手に視線を落とした。 見られただろうか。 きっと緩みきった顔をしていただろう。 恥ずかしさの余り赤面してしまった。 真紅「どうしたの?水銀燈。俯いてしまって。調子が悪いの?」 見られてなかった… 安心したのも束の間、真紅は水銀燈の顔を覗き込んだ。 真紅「あら?顔が赤くなっているのだわ。熱でもあるのかしら?」 二人の顔は10センチと離れていない。 必死で弁解しようとしたがしどろもどろになってしまった。 すると真紅が両手を水銀燈の頬に沖、額を水銀燈のものと重ねた。 真紅「やっぱり少し熱っぽいのだわ。ちゃんと休まなければ駄目よ。」 水銀燈「だっ、大丈夫よっ!」 やっとのことでそれだけ捻り出したが、 真紅の思いもよらない行動によって既に思考は停止し、視界は歪んでいた。 真紅「そう?とりあえず水を取ってくるのだわ。」 そう言うと真紅は台所へと向かっていった。 その背中が見えなくなると、水銀燈は大きく深呼吸して、息を整えようと努めた。 胸に手を当てると自分のものとは思えない程激しい鼓動がまだ続いている。 水銀燈「それにしても真紅…いい匂いだったわぁ…」 思い返してまた頭に血が昇って来たので、必死で首を振って気持ちを引き締めた。 そうしていると真紅が水を注いだコップを手に戻ってきた。 水銀燈はそれを受け取り一気に飲み干す。 緊張で渇ききった喉に冷えた水が染み渡っていく。 ようやく水銀燈は少し落ち着きを取り戻すことが出来た。 真紅「あ…」 真紅がテレビに目を向けている。 真紅「終わってしまったのだわ。」 そういえばすっかり忘れていたが今日はくんくんを見に来ているということになっていたのだった。 既に画面の中では次回予告が流れている。 真紅「仕方が無いのだわ。今日は帰ってゆっくりなさい、水銀燈。 こじらせたりしたらお父様もきっと悲しむわ。」 水銀燈は安堵と名残惜しさの入り混じった複雑な気持ちだったが、 とにかくこれ以上理由無くここに居られないことだけは確かだった。 水銀燈「ふん。また来てやるわぁ。」 真紅「ええ。いつでも来るといいのだわ。」 その言葉にまた心を揺られた水銀燈だったが、悟られぬように背を向けると飛び立っていった。 自分は真紅が好きなのだろう。 多分。いや、間違いなく。 でもそれを伝えようとは思わなかった。 自分と真紅が並んで笑い合っている姿など想像できないし、 そうした関係は水銀燈の求めるものとは違う気がしたのだ。 やはり今ぐらいが丁度いい。 お互い相手に干渉はせず、ただ同じ時間を共有する。 水銀燈「来週が楽しみだわぁ。」 だからこう一言だけ呟いて、水銀燈は紅く染まる夕焼け空へと消えていった。 『その後…1』 真紅は水銀燈が帰っていくと、ビデオを巻き戻し、取り出した。 ラベルには『くんくん』と書いてあった。 さっきまで水銀燈と見ていたものである。 いや、水銀燈の目にはほとんど入っていなかっただろうが。 真紅は思い出して笑みを浮かべた。 水銀燈のあの顔。 こちらが見ていないと思っていたのだろう。口まで開けてだらしなさ極まる顔をしていたが、 真紅は全て見ていたのだった。 わざわざ録画したくんくんを流していたのも水銀燈を観察するため。 そして今日は直に水銀燈をいじることができた。 真紅「水銀燈、今日はまた一段と傑作だったのだわ。」 勿論悪意は無い。 自分に好感を持ってくれていることは純粋に嬉しいし、水銀燈自身の事もとても素敵だと思っている。 ただあそこまで丸分かりな好意をひた隠しにし、 しかもそれが成功していると思い込んでいる様はとても可愛らしいし、 何より真紅の嗜虐心をこの上なくくすぐるのだった。 「好き」だなんて言わない。言ってしまったらつまらない。 多分それは口に出した瞬間に酸化して、どこか嘘っぽくなってしまうのだ。 水銀燈とはそういう間柄にはなりたくなかった。 ティーカップを持ち上げ、水銀灯が飛び去った方へと顔を向ける。 すすった紅茶はすっかり熱を失っていたが、水銀燈の事を考えるだけで最高の味になったように思えた。 『その後…2』 めぐ「ヘタレね。」 水銀燈「でっ、でも…」 めぐの病室。 水銀燈が今日の出来事をにこにこしながらめぐに話していると、急にめぐが説教を始めたのである。 めぐ「ヘタレよヘタレ。これがヘタレでなくて何だと言うの?」 水銀燈「そんなに何度も言わなくてもいいじゃないよう…別にあたしはヘタレじゃ…」 正座させられた水銀燈は俯き、ドレスの裾を指でこねくり回している。 めぐ「これだけ通い詰めてる相手に自分の気持ちもまともに伝えられない奴がヘタレじゃなくて何よ。」 水銀燈「だからあたしと真紅はこっ、恋人だとか、そんな…」 水銀燈は自分が言った言葉で想像を巡らせたのか、頬を紅潮させた。 水銀燈「だからそんなんじゃ…」 めぐ「はぁ…水銀燈が何考えてるのか知らないけどね。 私は単に人に好意を持ったり、その事を伝えたりするのがそんなに 不自然なことだとは思えないって言ってるだけよ。」 水銀燈「でもぉ…そんなあからさまに仲良しって間柄でもないしぃ…」 めぐ「言い訳だけはいくらでも出てくるのね。…あぁ、それじゃ今度行ったときにお礼でも言ったら?」 水銀燈「え?お礼?」 めぐ「水銀燈のことだからどうせ招いてもらってお礼の一つも言ってないんでしょう。違う?」 水銀燈「それはまぁ…そうだけどぉ。」 めぐ「せっかくあなたに良くしてくれるんだから大事にしなさい。 その子だって水銀燈のこと好きだと思うわ。」 水銀燈「んぅ…まぁ、頑張ってみるわよう。」 それを聞くとめぐはにっこり笑い、水銀燈を抱きしめた。 水銀燈はまた暇つぶしの道具にされたことに憤りを覚えつつも、 真紅とのこれからの接し方について考え始めていたのだった。 「好き」だなんて言わなくても。もっと近づいていけるのかも知れない。 水銀燈は自然と笑みを浮かべていた。
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「最高じゃなぁい!こんなに楽しかったのは久しぶりよぉ!」 スタジオでの興奮覚め遣らぬ中、四人はスタジオ近くの喫茶店でたむろしていた。 「そうね。この二人なら文句はないわ」 紅茶に舌鼓を打ちながら言う真紅。 「気に入って貰えたようでなによりだよ」 いつでも笑顔を絶やさない蒼星石。 「この翠星石と蒼星石がセッションしてやったですぅ。文句なんて言ったらぶっ殺すですよ」 少し蒼星石の影に隠れながら過激発言をする翠星石。 ハハッ、と軽く聞き流す蒼星石。慣れっこなのだろう。 「まぁ…。これから長い付き合いになると思うし、よろしくね」 蒼星石が右手を差し出し、真紅がそれに応える。 「よろしくお願いするのだわ。蒼星石」 しっかりと、互いの手を握る。 「ほら、翠星石も」 「あ…。よ、よろしくお願いしてやるですぅ!」 翠星石が真紅と握手し、蒼星石は水銀燈と握手する。 「よろしくね。水銀燈」 「こっちこそよろしくねぇ。元STONE FREEのベーシストさん」 「あれ、知ってたんだ」 「一応ねぇ。アナタ達って結構有名なリズム隊コンビよぉ? まぁそんな事より、バンド名どーするぅ?これから必要になるでしょぉ?」 「そうね。その通りだわ」 水銀燈の言葉に、真紅も同意する。 「翠星石はなんでもいいですぅ」 「せめて名前ぐらいは女の子らしいのがいいわね」 真紅がちらっと水銀燈の方を見ながら言った。 「なんでこっち見るのよぉ。それじゃまるで私が女の子らしくないみたいじゃなぁい?」 いや、水銀燈自身は、同性でも目を奪われる程の美貌の持ち主だ。だが一度ギターを弾けば、男顔負けのプレイを繰り出す。 それは今集まったメンバー全員に言える事だ。 真紅はその事を言ったのだろう。 これから大々的に活動するのであれば、目立つのはそのプレイ、音楽性。 だから真紅は、せめて名前ぐらいは、と言ったのだ。 これには大いに悩まされた。 「名前なんてテキトーにつけちゃっていいじゃなぁい」 と水銀燈は言ったが 「名前なんてモノの本質を示すには至らない些細なもの。でも必要なもの。だから大切にしたほうがいい」 と蒼星石が妙に物憂げな顔で言ったので、下手に決められなくなったのだ。 挙句、水銀燈と翠星石が変に意気投合し、おもしろおかしい名前を列挙しだす始末。 「ひらがなに☆を入れると何か怪しげな響きになるですぅ…『れす☆ぽぉる』とか」 「それいいわねぇ。でもやっぱり頭にtheeは外せないわぁ」 真紅は真紅で、紅茶を飲みながら遠巻きに見守っている。 この光景を見渡し、蒼星石は重大な事に気付いた。 まとめ役がいない。 「はいはい、そんなおもしろおかしい名前ばっかり挙げてないでさ。『女の子らしい』っていう最初のコンセプトからだいぶ脱線してるよ?」 蒼星石がまた元の道にもどしたはいいが、結果行き詰まってしまう。 「なにか…お悩みのようですね…」 不意に声をかけられ、全員がふりむいた。 そこには、喫茶店の制服に眼帯、という奇妙な出で立ちのロングヘアーの少女が、少し恥ずかしそうに立っていた。 「あ…なにかに…行き詰まった時…は…この紅茶がオススメですよ…サービスなんで…ぜひ飲んでください…」 眼帯の少女は、持って来た新しいティーカップを四人の前に並べ、一緒に持って来たティーポットから紅茶を注いだ。 「あら、いい香り…」 真紅がすぐさま反応する。 「でしょう…?私も…悩んだりした時…よく飲むんです…。 ドイツの…ローゼンと言う人が…お茶の葉を…まるで愛娘を育てるように…大切に育てているそうです…」 言いながら、順に紅茶を注いで行く。 「ローゼンは…アリスと呼ばれる… どんな花よりも気高くて… どんな宝石よりも無垢で… 一点の汚れも無い… 世界中の…どんな少女でも敵わない程の… 至高の美しさを持った少女の様な…紅茶を生み出そうとして… 七つの紅茶を…生み出しました…これはその一つ…五番目の紅茶、ライナールビンです…」 古いカップをトレーに戻しながら、眼帯の少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。 「…その事から…その七つの紅茶達は… ローゼンの少女…ローゼンメイデンと… 愛好家の間では呼ばれています…。 結局…理想…アリスとなる紅茶を生み出す前に… ローゼンは気付いたんですが… 自身が生み出しました… 七つの紅茶全て…一つ一つが… 掛け替えのない存在だと言う事に…」 カップを乗せたトレーとを持ち、ごゆっくり、と言い残して眼帯の少女は奥に消えていった。 「ローゼン…」 「メイデン…」 眼帯の少女の言葉は、四人の心に響き渡った。 「いいんじゃない?至高の少女を目指す、掛け替えのない存在。気に入ったわ。とても」 真紅がライナールビンを味わいながら言った。 「決まりねぇ。ま、アリスになるとしたら私しかいないけどぉ」 「言ってろですぅ」 「まぁまぁ。じゃ、僕らは今日からローゼンメイデンだね」 喫茶店の片隅のテーブルで、ロックバンド・ローゼンメイデンは静かに産声を挙げた。 ~次回予告~ ついに!ローゼンメイデンの快進撃がはじまるッッ! 真紅「次回『fire』下僕(ファン)になることを誓いなさい」 翠「絶対見るですぅ!」 (3)へ戻る/長編SS保管庫へ/(5)へ続く
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Story ID W7Yw6c2S0 氏(154th take) みずがねあかり 将来の夢:ギタリストかテロリスト 好きなもの:音楽と風邪薬と安全ピン 好きな人:お父様とあさきとエンペラー 一言:アナタガァ私ニィ崇リ殺サレルカナァ!? 短編連作SS保管庫へ
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人形裁判 ~ 人の形弄びし少女 ◆2kGkudiwr6 ネコという動物の主な特徴についてご存知だろうか。 俊敏性に優れ体は柔軟、夜目が利き鼻も利くが、何よりも優れているのは聴覚である。 それはネコ型ロボットであるドラえもんも例外ではなかった……あくまで、なかっ「た」だ。 とある事件から彼の聴覚は普通の人間並みまで落ち、 常人の20倍の嗅覚を持つ「強力鼻」、周囲の物体を感知する3対の「レーダーひげ」も故障中。 つまり、彼の五感は普通の人間と変わりはしない。 それでも、今までドラえもんはそれで困ったことはあまりなかったのだ。 そう――今までは。 ■ 私は思わず歯を噛み締めていた。私が人間なら、確実に音を周囲に漏らしているだろうと思うほどに。 だが現実には音は出ていない。なぜなら、私は魔道書だから。 「なにしてるの! ぐずぐずしてる時間なんてないんだからね!」 活発そうな女学生――確か、ハルヒと言ったか――が声を上げる。 その言葉に、私は少なからず安堵した。二人きりになっていればきっと殺されていたから。 それでも、苛立ちはこの身から離れはしなかった。 ――ふふ、でもあなたも酷いわねぇ、『魔法の本』さぁん? あなたが強情張ってないで何か喋ってれば、この子を逃がせたかもしれないのにねぇ…… ま、そうなればあの子達みんな皆殺しになってただけだろうけど―― 言葉を思い返して、再び感情が爆発しそうになる。 私には、何も出来ない。誰かに話しかける?できたらとっくの昔にしている。 今の私が話しかけられるのは、持ち主だけ。 こんな時に限って、プロテクトの解除は最悪な部分から進んでいた。 ……この書に眠る、数多の魔法から。 「……ちょっと待って。外に誰かいるみたいねぇ」 物思い……というよりは寧ろ怒りに沈んでいた私を現実に引き戻したのは、その怒りの対象だ。 どうやら外にいる人物に気付いたらしい。他の二人と一体に先んじて捉えたようだ。……当然の摂理ではある。 私がユニゾン・デバイスである以上、融合された者は身体能力が上昇する。 普段は歩けないものの私を使うことで健常者同様に動いた主はやてがいい例だ。 デバイスと使用者、二人分の力が加算されるのだから当たり前だが。 「……僕には見えないなぁ」 「僕も……」 「私も見えないわね」 「ま、それもそうでしょうねぇ。 実はね。私は、魔法使いなのよぉ」 見えないと声を上げる三人に対して、得意げに人形はそんなことをほざいている。 いったい誰の力だと思っているのだ。 そんな私の感情を露知らず、ハルヒという女学生は喜色満面といった様子だ。 「ほ、ホントに! 見せて見せて!」 「ほら」 『Photon Lancer get set』 「す、すごい……!」 こんな人形に従っているこの身を焼き尽くしたい衝動に駆られたが、できるはずもなく。 私にできたのはフォトンスフィアを浮かび上がらせて女学生を喜ばせることだけだ。 「ねえ、それでアルちゃんを探したりとかできないの!?」 「それは無理ねえ。 私、そういうの得意じゃないもの」 相変わらずよくもまあぬけぬけと。貴様が殺したのだろう。 そのまま人形は続けていく。偽りに装飾された言葉を。 「その代わり、攻撃魔法とかは得意だから。 だから皆はここに残ってなさい。私が外にいる人達を見てきてあげるわよ。 私を襲った奴が来たのかもしれないしぃ」 「……逃げ回ってたのに大丈夫なの?」 「前に襲われた時は不意打ちで手ひどくやられちゃってねえ。 それで、逃げ回りながら回復に努めてたってワケ。 でももう回復したし、ちゃあんと警戒してるから大丈夫よぉ」 人形がぺらぺらと喋った内容を要約すると、一人で外にいる人物を見てこようということだろう。 ……悪寒が走る。こんなことを言い出した理由なんてはっきりしすぎている。 「何か爆発音とかが聞こえたら、病院のどこかの部屋に隠れること……いいわねぇ?」 その後青狸やのび太少年と適当に会話があったものの、結局人形に誤魔化されて終わった。 そのまま見えないように笑みを浮かべて、人形は外へと歩き出す。 これからこの人形が何をするかなんて、分かりきってる。 だから。 お願いだから、逃げて―― ■ そんなリインフォースの悲哀と憤怒など露知らず。 「あ~、やっと到着」 ん~、とセラスは満月の中伸びをした。 もっとも、到着と言うには少々遠い距離だ。まだ数百mは離れている。 劉鳳とジャイアンが起きていれば、「本当に着いたのか?」と声を上げていただろう。 この夜闇の中でも軽々と視認できる辺り、さすがは吸血鬼と言ったところか。 だから、中から出てきた相手を視認できたのも当たり前のこと。 (……うわ、すご。もう慣れてきたけど) セラスの水銀燈――もっとも今の姿はリインフォースのものだが――への第一印象がそれだった。 主にファッションセンスとか背中の翼とか真っ赤な目とか。あと、胸がでかい。 (もしかして、お仲間?) この場合、お仲間とは吸血鬼などそういった類の物を指す。 つまり、ろくな者ではないという判断でもある。 できるだけ悟られないように身構えながら、セラスは正面から歩み寄ってくる相手を凝視した。 しかし、水銀燈はというとセラスの存在が目に入っていないかのように歩いてくる。 鞄を引き摺りながらのんびりと。 (気付いてない……割には、まっすぐこっちに来てるし) 相手の意図を測りかねて唸るセラス。無用心なのかそうではないのか分かりにくい。 もっとも、種を明かせば単純な話。水銀燈としてはただテストをしたかっただけ。 相手がゲームに乗っているかどうか、ちょっとした確認である。 怪我人を二人引き連れている時点で乗ってなさそうだと思ってはいたが、 念には念をというやつだ。 結局セラスが何をすることもなく両者の距離は詰まっていき、 だいたい20m程度のところで水銀燈は立ち止まって、口を開いた。 「こんばんはぁ」 「こ、こんばんは」 慌ててセラスは挨拶を返した。もっと他に言うことがあると思うが。 どうしようかセラスは考え込むしかない。劉鳳達を起こすべきなのだろうか…… 一方水銀燈はというと、リアカーへと視線を移して……こちらもリアカーを見つめたまま黙り込む。 微妙な空気といびきだけが流れるのに耐えかねたのか、セラスは慌てて口を開いた。 「あの~、劉鳳君の顔になんか付いてます?」 「そうね…… その様子だと、貴女って、ゲームに乗ってないのよねぇ?」 「?」 水銀燈は劉鳳の制服を見て、考え込んでいただけ。 真紅のローザミスティカを持っていったという男はこいつではないのか、と。 だから、迷っていた。あの女の言葉は真実なのか、それとも虚言か。 力を温存するべきか、それとも力ずくで奪い取るべきか……? ――もっとも、病院に辿り着く前に追い払うという結論は決定済みだったが。 「その制服着てる奴は、人殺しよ」 「は、はあ!?」 そして出した方法が、適当に嘘でも吐いてみること。 当然説得力の欠片もない。いきなり見知らぬ他人からこんなことを言われて、素直に信じる馬鹿はいない。いないが。 「ちょ、ちょっと待ってって! なんか勘違いしてるんじゃ……」 驚いたり、困惑したりはする。セラスも例外ではなかった。 心の中で水銀燈はほくそ笑みながら、二の句を告げる。 ……羽根を風に散らせながら。 「嘘だと思うなら、そいつを起こして聞いてみるぅ?」 「…………」 水銀燈はできるだけ無愛想な表情を取り繕っていた。いかにもその男を憎んでいます、といった様子で。 半身半疑ながらも、セラスが劉鳳を起こすために水銀燈から注意を逸らした、その瞬間。 『Blutiger Dolch』 「へ?」 周囲に撒き散らされていた羽根が、赤い刃へと姿を変えた。 ■ 「…………」 『マスター、二時です』 「……ん。あいつが戻ってきた様子は?」 『まだありません』 「……そう」 橋から少し離れた場所。 ぽつんと佇んでいた民家で寝転んでいた凛は、レイジングハートの声に目を開けた。 脇には皿などの食事の跡が残されている。 「……この格好も久しぶりかも」 そう呟きながら伸びをする彼女の姿は、いつもの赤い服を着た姿だった。 流石に仮眠をとる時まであんな格好をしたくはない、というのが主な理由である。 ……魔力消費の削減という意味も、一応はあるが。 『これからどうしますか、マスター。 もうしばらく仮眠をとるか、それとも……』 「…………」 『マスター?』 音が止まる。ただ電灯だけが、か細く点滅する。 レイジングハートの声に、凛は黙り込んでいた。その顔は、悲哀に満ちていて。 しばらくして、ぽつりと彼女は呟いた。 「悲しく……ないの?」 『…………』 「貴女の『マスター』は高町なのはでしょう、レイジングハート。 私じゃ……ない」 いつも強気な彼女らしくない、弱気な言葉。 これだけ死人が出ている状況の中、何もできていなかったから。 自分の無力さを思い知って。自分がちゃんと使いこなせているとは思えなくて。 だから、こんな弱音を吐いてしまって。 『あなたは、脱出を諦めたとでも言うのですか?』 「え?」 そんな凛に返ってきたのは今まで聞いたことのない、強い口調。 目を瞬かせる凛を無視して、レイジングハートは詰問していく。 『答えてください!』 「あ、諦めてない」 『なら、できるだけ多くの人を助け出して、「マスター」の仇を討ってくれることに変わりはありませんか?』 「……う、うん」 『なら……今は貴女が私のマスターです、凛』 呆然とする凛。それっきり何をいう事もなく黙り込んだ。 もしレイジングハートが人間だったなら、口を尖らせてそっぽを向いていただろう。 うっかりでも、おっちょこちょいでも……結局、レイジングハートは凛の人柄に好感を持っていたから。 だから、彼女は言っていたのだ。『マスター』と。 昔ユーノに、そしてなのはに言っていた言葉を。 「……ごめん」 そうして、互いに話すこともなくただ佇んでいた、数分後。 突然、凛はハッとなったようにその顔を上げた。 『どうかしましたか?』 「水銀燈からのパスが切れた……何かあったのかも」 パスとは使い魔とマスターを繋ぐ、魔術的な繋がりの事だ。 もちろん遠くに行くということは、それに合わせて魔力供給の具合も悪くなることを意味する。 だが、それでもパスそのものが無くなることはない。一度生まれた互いの結びつきはそうそう消えはしない。 使い魔と主の関係とはそういうものだ……普通の、使い魔は。 だからこそ――レイジングハートは声を上げた。 今をおいて好機は他にないと。 『待ってください。話しておきたいことがあります』 ■ リアカーが宙を舞う。 とっさにセラスによって投げ飛ばされたリアカーは綺麗に近くの家屋に叩きつけられていた。乗っていた二人ごと。 「い、いってぇ!」 「セラス、一体何が……」 「説明は後で!」 目覚まし代わりと言うにはきつすぎる衝撃に不満を上げる二人の不平不満は、 セラスによって一言で強引に終わらせられた。 目を擦りながら二人が視線を向けた先にいたのは……腹部から血を流しているセラス。 そして、空に舞う黒い天使だった。 「始めからこういう魂胆で……」 「人殺しを匿うような奴に手加減する義理も無いでしょ?」 いきり立つセラスの言葉と視線は、水銀燈にあっさりとあしらわれた。 この期に及んでも嘘八百を貫くあたりは流石と言ったところか。 もう躊躇わずにセラスが銃を抜いたのと、水銀燈が再び能力を行使したのはほぼ同時。 『Blutiger Dolch』 「っのお!!!」 夜天の書が言葉を紡ぐと同時に6つの赤い刃が浮かびあがり、敵を討つべく急襲する。 だがそれが本来の責を果たすことは無い。全てセラスのジャッカルに撃ち落とされ、宙で爆散する。 六点連射。吸血鬼の並外れた能力があってこそ成り立つ高速連射だ。 本当は、セラスは撃ち落とすことではなく敵を撃つことを優先するつもりだった。 一発貰う代わりに敵を倒せるなら問題ない。多少の負傷は吸血鬼なら平気だ。 ……しかし、凶器が劉鳳たちを狙っていたとなれば話は別となる。 「お前は敵への攻撃に集中しろ! 自分の身ぐらい自分で守れる!」 「俺だってちょっとくらい……!」 「いいから無茶しないで休んで!」 次弾を装填しながらセラスは二人を怒鳴りつけていた。 ジャイアンは足を折ってまともに動けそうになく、劉鳳に至っては顔面蒼白。絶影も出せそうな様子は無い。 そもそもセラスが吸血鬼だからこそ水銀燈の刃を途中で撃ち落とすという真似が可能なのであって、 あの刃が奔る様子は常人にはまともに視認することさえできないのだ。 今の二人が防げるとはセラスには思えない。 『Plasma Lancer』 次に水銀燈が行使したのはフェイトの魔法、光の槍。 セラスは劉鳳たちの目前へと跳びながらも、高速で飛ぶ槍を次々に撃ち落としていく。 撃ち落とされたプラズマランサーはそのまま地面へと突き刺さり、 「ターン」 水銀燈が腕を振るのと同時に、セラス達へと再び狙いを定めた。 更に。 『Blutiger Dolch』 新たな血染めの刃が水銀燈の前面に展開する。その数4。 セラス達へと向き直った光の槍の数も4、そして再びジャッカルに込め直した弾の数は6。 明らかに、足りていない! 「二人とも、頭伏せて!」 「え」 「うおっ!?」 警告と同時に、セラスは片手でリアカーを引っつかんだ。劉鳳とジャイアンの頭のすぐ側をとんでもない質量が掠めていく。 四方から迫るプラズマランサーと、正面から迫るブラッディダガー。 それらを全て視界に収めたまま、セラスは右手でジャッカルを連射しながら左手でリアカーを振り回した。 赤い刃は全てセラスが振り回したリアカーと衝突して爆発し、 光の槍はジャッカルの銃弾によって軌道を逸らされる。 ジャッカルの弾、残り二発。それが何を狙うものかは言うまでも無いことだ。 完全にバラバラになったリアカーを放り投げながら、セラスは敵へとジャッカルの狙いを定めようとして。 「旅の鏡」 「え……?」 その口から、息とも声とも付かない音が漏れた。 劉鳳もジャイアンも、呆然とするしかない。 何も無い虚空から、水銀燈の腕が生えて。 セラスの手から、ジャッカルを奪い取っていた。 ■ 夜空に響く銃声と爆発音。 病院の玄関脇に隠れて覗いていたのび太とハルヒは、慌てて首を引っ込めた。 そんな二人に呆れたように声を掛けるのはドラえもんだ。 「隠れてる方がいいよ、二人とも。だいたい、ここからじゃ全然見えないじゃないか」 「そ、それはそうだけどさ……」 「冗談じゃないわ! SOS団新団員を放っておくなんて団長のやることじゃないわよ!」 ハルヒの脳内では、どうやら遠坂凛もとい水銀燈は団員認定されたらしい。 魔法使いという響きが大層気に入ったようだ。 「だいたいね、私達が目を離したからアルちゃんがどっかにいっちゃったんでしょ! おんなじ間違いをするわけにはいかないのよ、青ダヌキ!」 「!!! 僕はタヌキじゃな~い!!!」 ハルヒの言葉に激怒するドラえもん。 これで何回目か数える気にもならない騒動を尻目に、のび太は外を見つめ続けていた。 理由は簡単。彼は目が悪いため、注視しないとよく見えないから。 「なんかあの格好、どこかで見たような気がするなぁ……」 そして……はっきりと見たいものがあるから。 ■ 何も無いところから腕が生える。向こうでは、肘から先の腕が消えている。 そんな異様な光景から一番早く立ち直ったのは、セラスだった。 「あ、ちょっと待……!」 「待ってあげない」 セラスが咄嗟に反応するより早く、水銀燈は腕を引っ込める。 鏡を跨いでいた腕は元の場所に戻っていた……ただし、先程とは違ってジャッカル付きで。 「ふ~ん、どれどれ……」 「づうっ!?」 そうして、水銀燈はジャッカルをセラスへと向けた。 銃声が奔り、鮮血が飛ぶ。苦悶の声が響く。 ただし、声は二人分。 予想以上の反動に、水銀燈は思わず指を押さえていた。 ジャッカルはというと、反動でどこかへと飛んでいってしまっている。 「い、いったぁ……!?」 「ふんだ。仮にもマスターの銃だもん、そうそう簡単に撃てるもんですか!」 指を赤くしながら呻く相手に、セラスは肩を押さえながら言ってやった。 とはいえ、セラス自身も分かっている。これは強がりに過ぎないことに。 ジャッカルを奪い取られた以上……もう、セラス達に飛び道具は無いのだ。 「言ってくれるじゃない……!」 水銀燈が目を吊り上げると共に、周囲に無数の光弾が浮かび上がり始めた。 それはまるで、夜空を染め上げる照明だ。もっとも、水銀燈の意思で自由に落ちてくる照明だが。 このまま放っておけば全滅は確実だろう。 「……あんまり使いたくなかったんだけどなぁ、これ」 そう愚痴りながら、セラスはデイバッグに手を突っ込んだ。 しばらくして取り出された手に握っているのはバヨネット。 メモ帳越しとはいえ、微かにセラスの肌が焦げるような匂いがする。 「二人とも、ここは私に任せて全力で走って」 「ふざけるな! そんな真似ができる……ぅ」 「ほら、叫んだだけで足にきてるし。武くん、悪いけど」 「分かった……けど、セラス姉ちゃんもちゃんと逃げてくれよな」 「大丈夫、まっかせなさい!」 「く……」 そうして、セラスは水銀燈へと向き直る。 その後ろから劉鳳を抱えたジャイアンが走り出した、その瞬間。 「それは困るのよ……旅の鏡」 「ぐっ!?」 再び水銀燈の腕が虚空から生えた。 反応する間もない。今度掴み取ったのは……劉鳳のデイバッグ! 「くそっ!」 とっさに劉鳳が生えた腕を掴もうとしたものの、間に合わない。 今度はデイバッグを奪い取って、腕が消える。 劉鳳のデイバッグを手元に引き寄せた水銀燈は、中から目的の物を取り出した。 「ふふ、見~つけた」 笑みと共に取り出されたのは、赤く輝く宝石――ローザミスティカ。 水銀燈が何よりも追い求めていたモノ。 「貰っちゃった♪ 貰っちゃった♪ 真紅のローザミスティカ貰っちゃったぁ♪ あんた達ったら本当にお馬鹿さぁん――ああ、力が溢れる――!!!」 まるで童女に笑いながら、くるくると水銀燈は宙を舞う。 同時に、宙に浮かぶ光弾が更に光を増し始めた。術者に呼応したかのように。 突然の事態に呆気に取られるセラスとジャイアンだったが、劉鳳だけは違う反応を見せた。 「……真紅を知っている、のか!? 貴様一体!」 劉鳳の言葉に、水銀燈の笑みが消える。 そう……この言葉は下手をすれば正体がバレかねない失言だ。 少しまずいかもしれない……水銀燈は悩んだものの、あっさりと結論を出した。 そう、答えは単純。目撃者を全て消せばいいだけの話。 「……というわけでぇ。消えて」 「キサ、マ……」 「劉鳳君!?」 「兄ちゃん!?」 怒りに燃えた言葉は最後まで紡がれず。劉鳳は無様にその場に倒れ込んだ。 それを見てほくそ笑んだのは水銀燈だ。まるで狙い通りと言わんばかりに。 いや、これは実際に彼女の狙い通りなのだ。水銀燈は劉鳳から魔力を吸い上げていたのだから。 戦闘開始同時に水銀燈は凛との契約を強制的に断ち、契約相手を劉鳳に切り替えていた。 これは契約とは名ばかりの強制的な魔力蒐集。誰から吸うかなんてことは思いのまま。 そして、夜天の書を装備したことにより、魔力吸収量は更に強化されている。 その補給を頼りに、この戦闘で水銀燈は高ランクの魔法を連発していた。 更に悪いことに、劉鳳はアルター使いではあるが魔術師ではない。体力は人並み外れているが、魔力は無い。 そんな彼が水銀燈に魔力を奪われればどうなるか。当然、魔力がない分を体力で賄う羽目になる。 彼がアルターを出せなかったのも、そして段々と弱っていったのもそれが原因だ。 ただでさえ満身創痍だったのに、魔力蒐集の追い討ちを喰らってはまともに動けはしない。 そしてここにきて水銀燈は大規模な魔力蒐集を行ったために、ついに耐え切れずに劉鳳は倒れてしまったのだ。 ――そして大規模な魔力蒐集は、水銀燈が大技の準備を始めたという事でもある。 『Photon Lancer Genocide Shift』 夜天の書の声は、正真正銘の死刑宣告。 セラスたちが逃げ出す暇も無い。百を越える金色の魔弾だけが、闇を明るく照らしだした。 ■ 「――そんな」 『全て真実です、マスター』 呆然とする凛に、レイジングハートはそう念押しした。 彼女は全てを話した。 スネ夫を助けるフリをして盾にしたこと。 病院の魔力反応が、水銀燈が探す前と後で明らかに変わっていたこと。 その他、疑念を全て。 『マスターとその妹との間にあったことは聞きました。 ですが、あの人形が貴女のようなお人よしである保証は全くありません。 むしろ疑わしいというべきです』 そして、最後にレイジングハートはそう断言した。 あれは決して味方などではない、敵だと。 それを最後に、また音が死んだ。ただ微かに、凛がレイジングハートを強く握り締める音がしただけ。 「分かった……水銀燈を探しにいく」 そうしてやっと、凛はそう口を開く。 唇を噛み締めながらも、凛はレイジングハートにそう告げた。 その怒りは水銀燈に対してのものか……それとも、迂闊な自分に対してのものか。 そのまま凛は家屋から出たものの……パスが切れている以上、手がかりはない。 目に強化魔術を掛けて周りを見渡すにしても、障害物が多いこの周辺では役に立つかどうか。 実際はたずね人ステッキなるものが彼女のデイバッグにあるのだが、 エルルゥが説明書を紛失していたため凛は全く使い道を分かっていない。 従って結局。 「レイジングハート、エリアサーチ」 『All right』 凛の命令と同時に魔術式が起動。夜闇の間を縫って魔力が奔り、すぐに答えが返ってきた。 『マスター、北に魔力反応です』 「水銀燈?」 『いえ、何らかのアーティファクトかと』 怪訝に思った凛はその方角を見やって……絶句した。 「あれ、は……」 ■ ――重い。 なんとか再び意識を取り戻した劉鳳が始めに感じたことがそれだった。 ただでさえだるい体に、何かが覆いかぶさっている。 ――なんだ、この匂いは。 煮えたような匂いに顔を顰めながらも、劉鳳は目を開いた。 靄が掛かったような視界でも、なんとか周囲の状況を捉えられる。 煙を上げる地面。光弾によって生み出されたいくつもの小さなクレーター。 ――無数の光弾を切り払った結果へし折れたバヨネット。精根尽きて倒れ込んでいるセラス。 「ッ……!!!」 劉鳳の目が見開かれる。 そうして、はっきりとした視界は……覆いかぶさっていたものの正体をようやく知らせていた。 「た、武……!?」 「……すまねえ、劉鳳兄ちゃん」 劉鳳は、絶句した。絶句するしかなかった。 ジャイアンの体は、血は出ていない。ただ、体中が焼け焦げ炭化していた。だから血は出ない。 そう。始めに感じた異臭は、目の前にいたジャイアンの体が焼け焦げたもの。 そうして、ジャイアンの体は崩れ落ちた。 「キッサマァァァァァアアアアアアアア!!!」 劉鳳が叫ぶ。 絶影が具現化する。第一段階を省略して生み出された真・絶影が敵を討つべく踊りかかる。 だが。 「脆いわね」 『Schwarze Wirkung』 明らかに動きが鈍っていた真・絶影は易々とカウンターを叩き込まれた。 その拳の名はシュヴァルツェ・ヴィルクング。 単純明快に言えば、強力なパンチ。そう、かつて真紅が水銀燈に放ったような。 絶影は粉砕され、劉鳳もまた再び吹き飛ばされた。 それでも、劉鳳は立ち上がろうとすることをやめない。 「許、さん……許さんぞ……ッ!!!」 「蟲みたいね。見苦しいわ。 絆とかいう下らないユメに縋るのはやめたほうがいいわよぉ?」 ただ言葉を繰り返す劉鳳をそう嘲笑って、水銀燈は翼を展開した。 羽根が舞う。 それは魔力によって一箇所に集い……水銀燈の体を超えるほどの巨大な金槌を編み上げた。 『Gigantschlag』 「轟天爆砕ギガントシュラーク――三人揃って光になりなさい」 それは、鉄槌の騎士・ヴィータの魔法。グラーフアイゼンを巨大化させ敵を潰す奥義。 完成の際に守護騎士を取り込んだ夜天の書は、守護騎士全ての魔法の使用を可能とする。 ――例え、主が外道の者であろうと。 そうして、その鉄槌が振り下ろされる――その直前だった。 「ジャイアンーッ!!!」 「ちょっと、待ちなさいって!」 「のび太くん、危ないってば~!」 聞こえた声に水銀燈が目を向けて見れば、そこには走り寄ってくるのび太達の姿。 彼がジャイアンを視認できたのは単純な理由。多数の光弾が、照明の役割を果たしたから。 ジャイアンを殺した魔法であるフォトンランサー・ジェノサイドシフトが同時にこの役を果たしたと言うのは、これ以上ない皮肉である。 「よくも、よくも……」 「のび太くん、下がって!」 「勘違いかもしれないし、襲ってきたのはあっちからかも……」 「うるさーい!!!」 ドラえもんとハルヒの制止を振り切って、のび太が構える。 その手に握られているのは……先ほど水銀燈が落としたジャッカル! それを見て、水銀燈は溜め息を吐いた。馬鹿にしたように。 (全く、目障りな……いいでしょ。全員纏めて消し飛ばしてあげる) どうせ子供にはあんな反動の強い銃はまともに撃てはしまい…… そう判断して、水銀燈は金槌を振り下ろした。 ――否。あくまで、振り下ろそうとしただけだった。 凶器が、その場にいる全てを押しつぶすその寸前。 桜色の流星が、奔った。 「――――Sechs(六番), Funf(五番), Es last frei(解放)!」 『Load cartridge. Divine Buster Extension』 「なっ……!?」 長距離からの狙撃。急ごしらえの鉄槌は撃ち抜かれ、無残に霧散する。 思わず、水銀燈は相手を睨みつけていた。 今、この殺し合いの場においてこの砲撃魔法が使えるのは一人しかいない。 レイジングハートの「マスター」は一人しかいない。 「……ふざけた真似してくれてるんじゃない。覚悟は出来てるんでしょうね」 『敵は最強の魔導書です。注意して下さい、マスター!』 水銀燈の視線の先。満月が輝く空の下で。 赤い外套を纏った魔導師が水銀燈を睨みつけていた。 誰かなんて、言う必要も無い。そう、あの砲撃魔法を使えるのは――遠坂凛ただ一人! (よりにもよって、最悪のタイミングで――!!!) 思わぬ事態に、水銀燈の目が吊りあがる。 だが、怒りを覚えている余裕は無い。銃声が響く。 反動に吹き飛ばされながらも、のび太が銃弾を撃ち出していた。 とっさに防御したものの、その隙に凛が接近してきている。 「Es ist gros(軽量), Fixierung(狙え), EileSalve(一斉射撃)!」 『Flash Move, Divine Shooter Full Power』 「ええいもう……寝てなさい!」 『Photon Lancer』 撃ち出された桜色の魔弾と、それを迎撃すべく奔る金色の魔弾がぶつかり合う。 しかし、数が違った。凛が撃ち出したディバインシューターの数は8、水銀燈が撃ち出したフォトンランサーの数は9。 残った一つはどうなるのか?もちろん、凛に衝突し、盛大な煙を上げるだけだ。 もっとも、水銀燈は手加減していた。まだ本来の姿を晒していない以上、凛を利用することはまだ可能だと判断したのである。 せいぜい気絶して落ちる程度でいい――だからこその、フォトンランサー。 だが――気絶するどころか、凛には傷一つなかった。 「効きはしないわね、こんな程度じゃ」 「……ッ!」 晴れた煙の中から、凛の声が響く。 阻んだのは、凛が新たに纏った赤い聖骸布。かつて、アーチャーが着ていたもの。 それは風に吹かれて、凛の近くまで辿り着いていたのだ。まるで、彼女を導くかのように。 仮にも英霊が着ている物である以上、その効果も半端なものではない。 バリアジャケットの効力と合わせればフォトンランサー一発くらい十分に防ぎきれるし……事実防ぎきってみせていた。 『マスター、彼女は手加減して勝てる相手ではありません!』 「分かってる! レイジングハート、もう一回でかいの行くわよ!」 『All right, Divine Buster Full Burst stand by』 凛の言葉に呼応したレイジングハートが桜色の羽根を展開する。 どちらも手加減する様子は無い。当然だ。 凛には知らない誰かがのび太を襲っているようにしか見えないし、 レイジングハートに至っては暴走した闇の書が暴れているようにしか見えない。 その事実に、思わず水銀燈は歯噛みしていた。相手が水銀燈だと気付いていないのがせめてもの幸運か。 「この役立たず……大人しく待っていればいいものを……!」 『Divine Buster Full Burst stand by』 苛立ちを露にした水銀燈が、凛同様に桜色の魔法陣を投射する。 ディバインバスターは夜天の書にも入っている魔法だ。 撃ち方を見れば水銀燈もデバイスの手助けを借りて真似できる。 ……だが。 「させるかァ! 絶影ッ!!!」 「私達を忘れたら、困るって!」 下から声が響く。 投擲されたバヨネットが水銀燈の頬を掠め、絶影の鞭がその体勢を崩す。 魔法陣から術者は引き離され、集束しかけた魔力はそれで霧散した。 そうして、その間にも凛の詠唱とレイジングハートのカウントは進んでいる。 そこまで来て始めて、リインフォースは水銀燈に口を開いた。 『因果応報だな、ガラクタ人形』 「……ッ!!!」 一瞬で怒りが沸点にまで達したものの、なんとか抑え付けて現状を冷静に分析する。 別に、このまま戦っても負ける気はしない。 下にいる連中はブラッディダガーやプラズマランサーを連発すればいいだけだ。 だが……ディバインバスターを喰らえば死にはしないまでも少しは削られる。 それはまだだ。今は、力を使い果たす時ではない。 そう、水銀燈は判断した。腹立たしいが。 『Eisengeheul』 屈辱に歯を噛み締めながら水銀燈は閃光呪文を起動した。 つんざくような音と激しい閃光が世界を埋め尽くし、周囲の建物の間を強風が吹き荒れていく。 「くっ、これは……!?」 『魔力感知に異常、ジャミングです!』 とっさに目を庇った凛だったが、それでも五感のほとんどがまともに機能しない。 かろうじてレイジングハートの警告が届いただけだ。 しばらくして、やっと視界が戻った頃には…… 地面に置いてあった鞄と共に、黒い天使の姿は完全に消えていた。 「レイジングハート、周囲に反応は?」 『ありません』 「そう……」 そう呟いて、凛はディバインバスターの魔法陣を消した。集束していた魔力も同様に霧散する。 そのまま足元の羽根を羽ばたかせて着地した凛を出迎えたのは、のび太だった。 「お姉さん、ジャイアンが、ジャイアンが……!!!」 「…………」 「治せるんでしょ!? 僕の足みたいに!」 まるでいつもドラえもんにしているように、のび太は凛に泣きついた…… もっとも、普段とは深刻さに相当な開きがあるが。 しばらくして凛が紡いだ言葉は。 「……死者蘇生は魔法よ。私じゃできない」 非常な、現実。 まるでよろめくように、のび太は足を動かして。 「うそだあああああああ!」 「のび太くん……」 そのまま、ジャイアンの亡骸に泣きついていた。 その後には、同じように泣きそうな顔をしているドラえもんと。 ずっと凛を睨みつけている、ハルヒ。 「…………?」 思わず凛が首を傾げる。 実は一度最悪な出会いをしているのだが、長門の背に隠れていたこともあり凛はハルヒをはっきりと覚えていない。 だが、ハルヒは覚えていた。しっかりと。 のび太の泣く声だけが響く気まずい空気が流れる中、それを遮ったのは。 声ではなく、ばたり、と倒れこむ音だった。 「りゅ、劉鳳君!?」 「あ……ちょっと!」 ■ 時系列順で読む Back 「選んだら進め。進み続けろ」 Next 過去の罪は長く尾を引く 投下順で読む Back 自由のトビラ開いてく Next 過去の罪は長く尾を引く 242 POLLUTION(後編) 遠坂凛 251 過去の罪は長く尾を引く 241 闇照らす月の標 劉鳳 251 過去の罪は長く尾を引く 241 闇照らす月の標 セラス・ヴィクトリア 251 過去の罪は長く尾を引く 242 POLLUTION(後編) ドラえもん 251 過去の罪は長く尾を引く 242 POLLUTION(後編) 野比のび太 251 過去の罪は長く尾を引く 242 POLLUTION(後編) 涼宮ハルヒ 251 過去の罪は長く尾を引く 242 POLLUTION(後編) 水銀燈 251 過去の罪は長く尾を引く 241 闇照らす月の標 剛田武 251 過去の罪は長く尾を引く
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お題 『雛苺 寒中水泳』 薔薇水晶「銀ちゃん…。ちょっとこっち来て。」 ある冬の日、薔薇水晶はいつもより1オクターブ低い声で、同じ職員室内にいた水銀燈を呼び寄せた。 まずい…こういう時に続く言葉は2つに1つ…。1つは、『また悪いことしたでしょう…?』…。そして、もう1つは『何か、私に隠してることがあるでしょう…?』…。 その薔薇水晶の一言に、呼ばれた当の本人は「一体、何がバレたんだろう…」と思わず身構えた。 『営業活動』を再開したこと?それとも、理科室の使えそうな薬品を無断で持って帰ったこと?まさか、今住んでるマンションが賃貸じゃないって事がバレたとか!? …マンションの件…。これだけは何としても隠し通さないと…!前のランボルギーニのようには… 薔薇水晶「…何をブツブツ言ってるの?あのね、真紅さん達とも話し合ったんだけど、雛苺さんって結構体弱いじゃない?だから、インフルエンザとかが流行る前に対策を打とうと思うの…。」 その一言に、水銀燈は深い安堵のため息をついた。 水銀燈「…で、私に何をさせる気?」 薔薇水晶「ほら…銀ちゃんは水泳部も持っているし、たまに学校のトレーニングルームを利用したりしているでしょう?だから、その時雛苺さんも一緒に連れて行ってあげて欲しいの…。」 その時、どこからともなく雛苺が現れ、水銀燈にこう挨拶した。 雛苺「よろしくお願いします、なの!」 水銀燈「…別にいいけどぉ…。ただ、見ているだけでいいんでしょう?」 その言葉に、思わず目線をそらし、雛苺はこう言った。 雛苺「…う…あのね、ヒナ…泳げないの…。」 水銀燈「大丈夫よぉ…。ビート板もあるし、それに…」 雛苺「…そう言う問題じゃなくて…」 そこで一瞬言葉を止めた後、雛苺は衝撃の告白をした。 雛苺「ヒナ…水の中で目を開けるのが怖いのよ…」 水銀燈「…は!?」 この発言には、流石の水銀燈もただただ驚くばかりだった。 水銀燈「水が怖いって…。あなた、今までどうやって髪とか洗ってたのよ…。」 雛苺「…しゃんぷー…はっと…。」 その返答に、思わず水銀燈は頭を抱えてしまう。 全く…安請け合いするんじゃなかったと後悔しながら、水銀燈は雛苺を学校の屋内プールへと案内した。 水銀燈「今日は、水泳部お休みにしてあげたから、人の目を気にせずに練習できるわよ。…だから、今日一日でちゃんと泳げるようになりなさいよね…。私だって暇じゃないんだから…。」 雛苺「頑張るのー!」 そう言って、意気揚々と水に飛び込む雛苺。 しかし、その水しぶきが目に入ると、「ひゃっ!!」と情け無い声を上げた。 水銀燈「…とにかく、目をつぶったままでいいから、顔を水の中に入れて御覧なさぁい。」 雛苺「やー!!」 水銀燈「大丈夫よぉ…。そんなことじゃ、翠星石とかに笑われるわよぉ?」 しかし、そう言っても全く動こうとしない雛苺。 その時、水銀燈はある方法を思いついた。 水銀燈「仕方ないわねぇ…」 そう言うと、ドボンと水の中に入る水銀燈。 すると、水銀燈はいきなり雛苺に水をかけ始めた。 雛苺「やーん!!なにするのー!?」 水銀燈「だって、全然言うこと聞かないんだもぉん♪イライラするのよねぇ…そういうの…」 雛苺「う…。水銀燈のばかぁー!!」 そう叫ぶと、雛苺も水銀燈に向かって水をかけ始めた。 互いに一歩も引かない2人…それが10分ほど経った頃、水銀燈は急にその手を止め、こう言った。 水銀燈「ねぇ、雛苺…。今、私が水をかけたとき…あなたはどうしてた?」 雛苺「水銀燈に水をかける準備してたのよ!もう降参なの!?」 水銀燈「…その時、目はどうしてたぁ?」 雛苺「水銀燈を逃がさないように…あっ…!」 水銀燈「ほらね…。水なんて、全然怖いこと無かったでしょう?」 雛苺「う…ごめんなさい…。ヒナ、さっき酷いこと言っちゃった…。」 水銀燈「いいわよぉ…。別に気にしてないし…。さ、次はちょっと泳いでみるわよぉ?ほら、私の手を持って。それで足を動かすの。準備はいい?」 そういうと、雛苺の手をしっかりと握り、リードしてやる水銀燈。 上の観客席では、薔薇水晶と真紅がその光景を微笑みながら見守っていた。 完
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4限目の終了を告げるチャイムが響き、生徒達に活気が溢れた。 水銀燈「はぁい、それじゃあ今日はここまでねぇ」 昼食の準備を始めた生徒達にそう言い残し、水銀燈は教室を後にする。 手には授業で使った教科書やらプリントと小さな弁当箱。 外を見れば梅雨も明け、もう夏の香りがしている。 水銀燈「たまには、外でお弁当っていうのもいいわよねぇ」 グラウンドがある方向とは別の、あまり目立たない芝生の上に寝ころびながら呟く。 眼前にはただただ青い空とそこに浮かぶ白い雲。 ゆったりと吹いてくる風が心地よい。と、 蒼星石「ですよね。水銀燈先生」 いきなりその視界に見慣れた顔が現れた。 水銀燈「うわっ、いきなり脅かさないでよぉ…」 蒼星石「ふふ、すいません。それにしても水銀燈先生がこんな所に来るなんて珍しいですね」 そう言って蒼星石は水銀燈の横に腰を下ろし、同じように寝転がる。 水銀燈「あらぁ、私がこういう所に来たら悪いかしらぁ?」 蒼星石「別に悪くはないですけど。少し不思議に思ったので」 水銀燈「…不思議ねぇ」 相変わらず空は青く、いつの間にか雲は流れ一面真っ青。 昼食を取ることも忘れて2人はその光景をただ黙って眺めている。 そんな時、突然蒼星石が口を開いた。 蒼星石「水銀燈先生は小さい頃、夢なんてありましたか?」 水銀燈「なによぉ、突然そんなことぉ」 蒼星石は水銀燈の返事を待たず続けた。 蒼星石「僕は今の職、つまり教師に小さい頃からなりたかったんです」 水銀燈「…ということは夢は叶ったのねぇ。よかったじゃなぁい」 蒼星石「でも最近よく考えるんですよ。今のままで本当にいいのかって」 水銀燈「なんでぇ?蒼星石先生は生徒にも人気があるし、授業も分かりやすいって評判じゃなぁい」 蒼星石「確かに、みんなは僕を好いてくれているけど…それに答えられる自信がないんです」 水銀燈「…」 蒼星石「僕は周りが思っているほど強い人間でもないし、ましてや万能なんかじゃないんですよ」 蒼星石「でも僕は教師だし、生徒に対しては常に見本になるような先生じゃないといけない」 蒼星石「そう考えると、僕なんかがみんなの見本として教壇に立つ資格なんて…」 水銀燈「貴方、見掛けによらずお馬鹿さんなのねぇ」 蒼星石「なっ!」 思わず起きあがり、少し怒りを含んだ声で声を上げるがそんな事は気にせず水銀燈は続ける。 水銀燈「まず、貴方は何の為に教師を目指したのぉ?」 水銀燈「確かに先生っていうのは生徒から憧れられたり、好意を持たれたり、尊敬されたりするわぁ」 水銀燈「でも、それは自分が理想とする姿ではなくて、ありのままの貴方だと私は思うのよぉ」 水銀燈「確かに生徒に対して良き先生であろうと考えるのはいいことだわぁ。私も見習わないと」 蒼星石「でも、僕にはその自信が…」 水銀燈「別に気負う事はないのよぉ、私みたいにお気楽過ぎてもダメだけどねぇ」 そう言うと、ポケットから煙草を取り出して慣れた手つきで口へと運ぶ。 水銀燈「要するに自然体で過ごせば私はいいと思うわよぉ?少なくとも今の貴方は私が羨ましいと思うほど素晴らしい先生だもの」 シュボッ、という音と共に煙草に火がついて白い煙が青い空へと消える。 水銀燈「騙されたと思って、しばらくは素の自分でありなさぁい。私が言えるのはここまでよぉ」 そこまで言ったとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが響いた。 水銀燈「あらぁ…貴方の相談聞いてたらお昼ご飯食べ損ねちゃったじゃなぁい」 蒼星石「…ありがとうございます、水銀燈先生」 水銀燈「なぁに?私はただ単に貴方の問いに答えただけよぉ?ふふっ」 そう笑って、食べ損なった弁当とプリントを持って水銀燈は職員室へと去っていった。
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お題 『水銀燈と自殺志願者』 薔薇水晶「…今日は、掃き掃除をしたから1点、ちゃんと学校に来たから2点、落ちている財布をちゃんと届けたから8点…。というわけで、今日の夜は自由に遊んできていいよ…♪」 水銀燈「やったわぁ!!やっぱり、あの財布は罠だったのねぇ♪」 そう言って、喜び勇んで学校を出て行く水銀燈。 実は、前回の『水銀燈、学校乗っ取り事件』のせいで、薔薇水晶の家に1ヶ月お世話になることになった彼女には、あるルールが課せられていた。 それは、1日の中で10点分の『いい事』をすると、夜9時までは自由に外で遊んできてもいいというもの…。 ただし、迷子を助けてあげなかった等の『悪いこと』が発覚した場合には、厳しい罰を受けなくてはならないというものだった。 約2週間ぶりの自由な時間に、水銀燈の心は躍る。しかし、途中で肝心なことに気がついた。 水銀燈「…何やってるのよ、私は…!いつから、そんな安っぽい女になったの!?」 気分は、一気に最悪なものへと変わっていった。 しかし、そんな彼女を勇気付けたのは、自由時間の存在だった。 とりあえず、今はつかの間の自由を味わおうと水銀燈は駅のホームへと急ぐ。 そして、今か今かと列車を待ちわびている時、ある1人の女子高生の姿が水銀燈の目に映った。 うつろな瞳、一歩一歩線路へと向かう足…それはまさしく自殺のサイン…。 急いでそれを引っ張ると、水銀燈はその少女に向かってこう言った。 「そんなことされちゃうと、電車が止まっちゃうでしょう…!私の自由な時間を奪わないで…!!」 それはまさしく、魂の叫びだった。 水銀燈「あーあ…電車行っちゃったぁ…。あれ乗らなきゃ、ショップの営業時間に間に合わないのに…。」 実に恨みがましい目で、電車を見送る水銀燈。それに対し、申し訳なさそうな表情を迎える少女。 水銀燈「で…何が、原因で死のうと思ったの?他校とはいえ、私も一応教師だし、話ぐらいは聞いてあげるわぁ…。電車行っちゃったしぃ…。」 その言葉に、少女は涙ながらに語りだした。 少女A「ごめん…なさい…!私…ずっとみんなからいじめられてて…それで…もう生きるのが嫌になっちゃって…」 『いじめ』という単語に、つい昔の自分の姿が重なってしまう。 そういえば私も昔、あんなうつろな目を鏡で見たことがあったっけ… 水銀燈「…で、死のうと思ったの?やり返そうとか思わなかったの?」 少女A「そ…そんな、怖くてとても…」 水銀燈「…いい?あなたは今、自殺しようとしてたのよ?その気持ちがあれば、なんだって出来るわよ…。この私のようにね…。」 そう言うと、水銀燈は過去の自分の話をしだした。 水銀燈「…で、ある日思ったのよ…。何でこんな奴らに、苦しめられなきゃいけないんだろうってね…。で、気がついたら、その子のこと階段から突き落としてたわぁ…。」 少女A「えっ…!?」 水銀燈「でも、その子の顔とても滑稽で面白かったわよぉ?で、私の顔を見ながら、青ざめた顔でこう言ったわ。『こ、殺さないで…』って…♪」 少女A「そ…それでどうしたんですか!?」 水銀燈「別にぃ…?ただ、『今は殺さないであげる…でも、死にたくなるように手助けしてあげる』って言っただけよぉ? 後は、家を燃やしてやった子もいたし、一家離散に追い込んでやった子もいたわねぇ…。」 少女A「ひ…酷い…。」 水銀燈「酷い?やつらがやった事を、真似してやっただけよぉ…。いい?世の中から、いじめは無くなることはないの。それから身を守る方法はただ一つ。それは、『力』を持つことよ。」 少女A「力…?」 その返答に、水銀燈の目が怪しく光った。 水銀燈「そう…。弱者が強者のえじきとなるのは、自然界の常よぉ…。だったら、他人より優れた力を持つほかに、自分を守るすべは無いの。」 キッパリとそう言い切る水銀燈。そして、続けてこう言った。 水銀燈「…といっても、あなたのようなお馬鹿さんはそんな力持ってないでしょう?何せ、自殺しようなんて考えるくらいだものねぇ…。だから、私が良い物をあげるわぁ…」 そう言うと、水銀燈は1枚の名刺をさし出し、こう言った。 水銀燈「…そう、それは『団結力』という力よぉ…。あなた1人じゃできない事も、みんなで助け合えば、何とかなるもんよぉ…。」 そう言いながら水銀燈は、昔募金によって『柿崎めぐ』という少女を助けたことを思い出していた。 それは、他人の力を全く信じなかった水銀燈にとって、それはまさに未知の力だった。 以後、水銀燈はその力を軽視できなくなり、むしろ積極的に利用しようとしていた。 水銀燈「…ま、多分あなたのような子には、その『薔薇水晶』って子がきっと力になってくれるはずよぉ…。『愛』とか『正義』とか言う馬鹿げた方法を使ってね…。」 その行為に驚き、そして感謝を述べる少女。水銀燈はこう続けた。 水銀燈「ま…でも、そんなの多分ダメだろうから、これも渡しとくわぁ…」 そう言って、さらに3枚の名刺を差し出す水銀燈。その名刺にはそれぞれ、『弁護士』、『○×TV チーフプロデューサー』、『□△新聞 編集室長』の肩書きが入っている。 水銀燈「いいでしょう…コレ♪もし困ったことがあったら、この人たちに頼みなさい。すぐに、あなたをいじめてる奴らを追い詰めてくれるわよぉ…♪『水銀燈さんの知り合い何ですけど…』って言えば、すぐ助けてくれるから…♪」 少女A「あ、ありがとうございます!…水銀燈さん…で、よろしいんですよね!?あなたの名前は一生忘れません!ありがとうございます!!」 そう言って、深く頭を下げる少女。それに、水銀燈はこう返した。 水銀燈「…いいえ、私はそんな名前じゃないわぁ…。私の名前は、翠星石…。あの水銀燈が、そんな良い事するわけ無いじゃなぁい…。」 何か言おうとする少女を残し、水銀燈はそう言うと、駅の外へと消えていった。 「…門限まで、あと2時間もあるじゃなぁい…。どこで時間潰せばいいのよ…。」とぼやきながら。 その後、水銀燈は門限を5分オーバーして薔薇水晶の家に戻り、久しぶりに買い物に行って満足したふりをし続けた。 水銀燈が嫌いなこと…それは、他人に自分の弱みを見せる事、他人を助けること、そして、他人を信じること…。 薔薇水晶は小言を言いながらも、そんな水銀燈を今日も温かく出迎えた。 完 [ このシリーズ一覧 ] 2つの力 闇の住人 穏健派の逆襲 愚者の苦悩 王の帰還
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水銀燈「う…な、何…!?この感じ…!?」 その日、水銀燈は奇妙な体験をした。 ベッドで気持ちよく寝ていたときに、いきなりその体がずしんと重たくなった。 例えていうのなら、誰かが上に乗っているような感じ…それが金縛りではないかと気づいた時、水銀燈の頭の中に色々な考えが交錯した。 「20歳を超えたら、金縛りに遭わないというのは嘘だったの…?」とか、「目を開けたら、お化けがいたらどうしよう…」とか…。 しかし、最終的にはこういう結論に達した。 「いくらお化けだろうと何だろうと、この私の寝込みを襲おうなんて、いい度胸してるじゃない…!」と。 その刹那、ほとんどマウントポジションを取られているような状況にもかかわらず、相手に殴りかかろうとする水銀燈。 それをかわすと、水銀燈の上に乗っていた『モノ』は、こう言った。 ?「あ、ビッチ…じゃなくて、『水銀燈さん』…。おはようございます。」 そこには、この頃の水銀燈にとって最大の敵であった、雪華綺晶の姿があった。 水銀燈「…あなた、影で私の事…そういうふうに呼んでたのね…!?」 雪華綺晶「ええ、妹にも怒られましたが、あなたにはお似合いでしょう?」 全く悪びれる様子の無い雪華綺晶。そんな彼女に、水銀燈はこう切り替えした。 水銀燈「…あなたって、ホントむかつくわね…。人に嫌われるタイプでしょ?」 雪華綺晶「…ビッチさんには負けますよ…。」 その言葉に舌打ちをすると、水銀燈はこう言った 水銀燈「あっそ。…まあいいわぁ…。それよりも、私の部屋で一体何をしていたの…!?それと、あのうるさい妹はどうしたのよ…!?」 雪華綺晶「妹は、風邪でお休み…。で、6時45分になったらあなたを起こしてって言われたから、時間まで待っててあげ…」 水銀燈「…そう。じゃあ、仕方ないから学校に行かないとね…。」 それは、雪華綺晶にとって意外な反応だった。 あの水銀燈なら、これ幸いとばかりに学校を休みそうなものだが…。 そんなことを考えながら、じっと水銀燈の顔を見つめていると、それに気がついた水銀燈はこう言った。 水銀燈「…何見てるのよ…。だって、あのクラスは私のものでもある訳だから、薔薇水晶が休んじゃったら行かなきゃしょうがないじゃない…。」 しかし、その発言を聞いて雪華綺晶の頭はますます混乱した。 そして、ちゃんと規定の時間前に登校する2人。 その2人から薔薇水晶が病欠だと聞くと、真紅はすぐに他の先生を代わりに授業に出すことを決めた。 その白羽の矢が立ったのは、ほかでもない水銀燈だった。 水銀燈「…何で、私な訳ぇ?」 真紅「いいじゃない。あなたは、2時間目と6時間目が空いてるんだから。それに昔、社会科系の授業全てを受け持っていたんだから、薔薇水晶の代わりに授業を進めることも出来るでしょう?それで、他のところは空いてる者が自習時間を見張るということでいいと思うの。」 水銀燈「やぁよ。薔薇水晶のことは薔薇水晶に任せるのが一番よぉ。今更、私が入っていく余地なんて無いわぁ…。」 真紅「貴女らしくないわね…。まさか、去年の失敗を未だに引きずっている訳ではないでしょう?」 水銀燈「…何とでも言いなさぁい…。とにかく私は、授業なんかするつもりは無いわぁ…」 その後も、水銀燈は頑としてその意見を変えようとしなかった。 その後、自習時間は、何の問題も無く終わった。 が、雪華綺晶にはどうしても確かめておきたいことがあった。 真紅はさっき『去年の失敗』と言った。しかし、あの水銀燈…1度私に謝罪したくせに、性懲りも無く何度もちょっかいをかけてくる水銀燈が、なぜたった1度の失敗で、あんなに尻込みしていたのか…。 それだけが、どうしても気になっていた。 そして、放課後…雪華綺晶は意を決して、真相を問い詰めた。 すると、水銀燈はようやく重い口を開いた。 「…まあ、薔薇水晶の身内であるあなたには、話しておいたほうがいいかもね…。」と言いながら…。 水銀燈「ほら、あの子って自分にコンプレックス持ってるって言うか、どこか自分に自信が無いようなトコがあるのよね…。それでいて、打たれ弱いし…」 雪華綺晶「うん…だから、私が守ってあげなきゃって思ってる…。」 それを聞き、「素敵な姉妹だこと」と茶化すと、水銀燈は続けてこう言った。 水銀燈「…だから、下手に私が授業なんかやっちゃうと、後の反応が怖いのよ…。ほら、人間十人十色なわけだしぃ、もし万が一…薔薇水晶より私の授業のほうがいいなんて言い出す生徒が出たら、それこそ大変なことでしょう?」 雪華綺晶「…うん。」 水銀燈「…それに、風邪の症状は軽そうだしぃ…2・3日すれば大丈夫だろうから、替えの授業なんて必要ないと思ったのよぉ。」 雪華綺晶「え…?何でそんなことが分かるの…?」 水銀燈「…あなたが、この学校に来てるからよ。もし、熱が40度近くまであったら、あなた薔薇水晶のそばを離れないでしょう?だから、大したこと無いって分かったの。」 それは、雪華綺晶にとって意外なことだった。 あれほど敵だと思っていた相手が、まさかこれほどまでに愛する妹のことを気遣ってくれていたとは…。 おそらく、公然と他人を『糧』と言ってはばからない彼女にとって、人の心…ましてや思春期の男子生徒の心をつかむくらい簡単な事だろう。 それを使って、元の自分の地位を取り戻すことも出来るはずだし、まして今回はそのビックチャンスだったはず… …でも、彼女はあえてそれをせず、それどころか嫌っている真紅に『負け』を認めてまで…己のプライドを捨ててまで、妹を守ってくれた…。 雪華綺晶「…お姉さま…」 水銀燈「…え?」 そう、水銀燈が答えるより早く、雪華綺晶は水銀燈の背中におぶさった。 雪華綺晶「お姉さまぁー…♪」 水銀燈「な、何なのよ!?気持ち悪い!!早く離れなさい!!」 その後、雪華綺晶は決して水銀燈の背中から離れようとせず、水銀燈は仕方なしに薔薇水晶へ助けを求めた。 そんなことが起こっているとは露知らず、玄関のチャイムの音を聞き、苦しそうに咳をしながら表へ出る薔薇水晶。 そこに現れたもの…それは、かつてあれほど嫌っていた水銀燈に甘える雪華綺晶と、困った顔をしながらも、何故か少し嬉しそうな水銀燈の姿…。 そんな2人を、薔薇水晶は最高の笑顔で出迎えた。 完 翌日